NAMACHEKO デザイナー Dilan Lurr(ディラン・ルー) インタビュー
2024.05.28
NAMACHEKO デザイナー Dilan Lurr ディラン・ルー インタビュー

その服に宿るアイデンティティとカルチャー

Edit & Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Photo by Ko Tsuchiya

NAMACHEKOナマチェコ) ― 言語感覚的にも不思議な響きを持ったこのブランドは、2017年にDilan Lurrディラン・ルー)とLezan Lurrレザン・ルー)兄妹によって設立された。この兄妹はイラクのクルド人自治区で生まれ、現在はベルギーのアントワープを拠点に活動している。

複雑な歴史的背景を持ったクルド地区出身のデザイナーという点でも珍しいが、彼らが生み出す服はクラシックでありつつ、奥行きのあるクラフト感やディティールが特徴で、デビューするや瞬く間に注目の存在となった。すぐにDOVER STREET MARKET GINZAをはじめとする感性鋭い日本のセレクトショップでも取り扱われたので、その存在を知っている人も多いだろう。

今回5月に東京・神宮前のセレクトショップTHE ELEPHANTにおいて、このNAMACHEKOの過去10シーズン分のアーカイブが展示販売され、デザインを担当するディランも久しぶりの来日を果たした。今回HONEYEE.COMでは、NAMACHEKO というブランドの実像に迫るべく、ディランに話を聞きに行った。

“ファッションの世界に留まるとは思ってもいなかった”

NAMACHEKO デザイナー Dilan Lurr ディラン・ルー インタビュー

― とてもリラックスした雰囲気ですが、日本は何度目ですか?

ディラン・ルー(Dilan Lurr) : 3回目です。前回はコロナ禍前でしたが、ビジネスでも繋がりがあった仲の良い友人の自宅に泊まっていて、“暮らした”ような実感もあるので、それよりも多く来ているように感じますね。

― 今回THE ELEPHANT でのイベントは、NAMACHEKO過去10シーズン(AW18からSS23)のアーカイブの展示販売でした。その時間の中で自分の中のクリエイションや考え方が変わってきた部分はありますか。

ディラン : 正直10シーズンもやってきたような感覚はないのですが、自分の中では二つのフェーズがあります。初期はミニマル、もしくは建築的な作り方でした。それは自分が専攻していた建築工学のバックグラウンドが少なからず関係しています。あとは自分の父の影響もあります。​​スーツを着ている典型的な中東の男性像です。ところがコロナ禍の時期から自分の中で大きな変化が起こりました。より自分の中から作りたいものが湧いてきて、反抗的になり、以前よりもテーラリング要素が減って行きました。そうした変化、常に自分をアップデートしていくことは興味深いです。

― それは毎シーズン新しいクリエイションをしている結果でもあるわけですか。

ディラン : 僕はファッションの外の世界から来たので、最初はこの世界に留まるとは思ってもいませんでした。繋ぎ止められている唯一の理由は、「半年ごとに新しいクリエイションができるから」です。そんな風に毎回全く新しいモノづくりができることが人生の中にあることは、恵まれていると感じています。

― 近年デザイナーとして仕事をしている人と話をしていると、毎シーズン新作を送り出すことに意味を見出せなくなっている人もいます。そのような観点をどう思いますか?

ディラン : 僕は違った捉え方をしています。コレクションを作る際、毎回全く違うように作ろうと思えばできます。コスチュームのように作れば高いクリエイティビティを発揮することもできます。例えばアームを5本付けたりすることで、衝撃を与える価値を持たせることもできるでしょう。ただ、実際に着たり使える実用的な価値がなければその服は意味を失ってしまいます。なぜ作ったのか、誰のためにやっているのかも分からなくなります。僕はそのように感じたことはありません。いつも自分の考えというフィルターを現実的なプロダクトに落とし込んでいるからです。どんなコレクションであれ、NAMACHEKOは常に現実に根付いているので、自分がやっていることに対して、意味を見出せなくなったということはないですね。

ファッションに介在するアート性

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― あなたは過去のインタビューでも、多くの本を読み、映画やアート、写真などを見てインスピレーションを得ていると語っています。現在もそのような生活は続いていますか?

ディラン : 続けていますが、シーズンのいつのタイミングかによります。コレクションをすでに作り始めた段階で別のアイデアが浮かんでしまうと、作りたいものが変わってしまうからです。だから創作の期間はあまり見ないようにして、シーズン狭間の期間は沢山見るようにしていますね。

― 「1日3本の映画を観ている」という記事も見ましたが、最近観たものの中で強く影響を受けたものはありますか?

ディラン PAUL SCHRADERポール・シュレーダー)監督の探偵ものやミステリー作品はよく観ます。特に80年代の作品が好きです。映画を観る際はストーリーや画というよりも、フィーリングや雰囲気を感じ取ることの方が多いです。ただ、自分にとっては映画よりも本の方がより強い影響を与えてくれます。最近はナタリア・ギンズバークというイタリア人作家にハマっています。ムッソリーニなど、ファシスト時代の家族の生活を描いた作品です。コレクションのキャラクター作りにおいて、すごく強いインスピレーションを与えてくれるんです。

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― 「コロナ禍の頃から、アート作品などからの引用を止めた」という記事も拝見しました。現在はどのような心境で洋服をデザインしていますか?

ディラン : 確かにブランド初期は今より直接的な引用をしていました。しかし対象が変わっただけで、今でも引用は続けています。例えば生地を開発するときは、繊維工場にある特定の時代のアーカイブを、もしくは他のデザイナーが使っていたデザイン手法を引用することもあります。さらに最近は“自分自身を引用する”ということをしています。過去の自分のコレクション含め、自分自身の歴史を引用するのです。例えばそれが“中東の男性像”だとすれば、それは幼少期に見ていた景色だった部分もあるので、自分自身をリファレンスしていることになる。そういう意味での引用は続いていると言えます。

― ファッションは時にアートとも比較されますが、NAMACHEKO服にもアート性を感じます。本人の意識として、作品を作っているような気持ちもありますか? あるいはもっと日常に寄り添うものという感覚でしょうか。

ディラン : 難しいですが、良い質問ですね。確かに見方によっては、アートやクラフトの側面はあります。何かを作るということにはいつもアートが介在します。加工や経年劣化、デニムにだってアートを感じることもあります。ハンドニットや手刺繍といったような伝統的な手法、クラフトも僕にとっては一種のアートと言えます。ただ、特定のアイテムや一つのコレクションというよりも、全てをまとめてアートと言えるかもしれません。今はまだ答えが出ませんが、いつかデザインをやめた日に自分がやってきたことを振り返って、「あれはアートだったのか?」と初めて自問できることのような気がします。

ディティールに宿る美

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― NAMACHEKOの服は「未来的」であったり、「過度に実験的」であることがなく、クラシックさの中に創造性が感じられます。服を作る上で、もっとも大事にしていることは?

ディラン : まずはタイムレスであること、そして同時に“普通ではないこと”です。例えば今シーズン作った黒いカーコートは、それだけ見るとどこにでもあるスタイルです。コート自体はタイムレスなアイテムで、おそらく何十年前から変わっていませんが、そこに様々な引用を取り入れて、どこか普通ではないものにしています。特殊なパターンでショルダーの部分が前面にねじれるように巻きこんでいるので、着ると抱擁されているような身体的感覚も与えるという点も普通とは違うものになっています。それがあなたの感想に繋がっているかもしれませんね。

― 我々日本人、特に男性は服のディティールにこだわる傾向が強いのですが、そうしたディテールへの注力が、NAMACHEKO日本で受け入れられている要因の一つだと感じていますか?

ディラン : はい、そこに関しては強く共感します。ディテールの中には大きな美が存在していて、ディテールは僕を満足させてくれるものでもあります。これは宝石商だった父、今の自分と似た家業を営んでいた父の家族の影響もあると思います。仕事中の父は拡大鏡のゴーグルを着用し、指輪に小さなダイヤモンドを乗せていたりして、彼はそうした作業に非常に誇りに感じていた職人でした。そういう環境で育ったため、ディテールに対しての価値は高く持っています。そしてその中にバランスを見つけることは難しくもあり、デザイナーにとっては重要です。そうでないとディテールだけに偏ってしまって、それ以外何もなくなってしまうからです。その判断をするのがデザイナーという仕事だと思います。

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― 近年の世界のファッションの流れを見る中で感じていること、その中でNAMACHEKOの役割をどのように考えていますか?

ディラン : 役割……、難しいですね。良くも悪くも僕は自分だけの世界で生きています。周りに親しいデザイナーの友人もいないので、そういった話も今までしたことがありませんでした。それは僕ではなく、NAMACHEKOのオーディエンスたちが決めるべきことなのかもしれません。

― あなたは自作の映像制作の一環で服作りを始め、そこから注目されてデザイナーになったという点でも異色で、特別な才能があることを裏付けているように感じます。そして常に様々なことに興味を持ち続けるクリエイターでもあります。あなたはこの先も一生服を作り続けると思いますか? もしくは何か別の興味が出てきたら、それをやる可能性もありますか?

ディラン : 今自分がやっていることは大好きですが、まだ分かりません。ただひとつ確かなことは、ブランドを始めた頃よりも今の方がより服を作ることが好きになっているということです。それでも何か達成した気もないですし、まだ1シーズンが終わっただけのような気持ちなのです。だからまだデザインを止めることを考える位置にはいないと思います。ただ、そうなる可能性があるとすれば、実は誰にも言っていないけど料理が大好きなので、いつかレストランを始めるかもしれませんけど(笑)。

HONEYEE.COM
10 questions to DIAN LURR

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  1. 毎日のルーティンがあれば教えてください

9時に起床して、まずは自宅の敷地内の庭にあるスタジオに行きます。
そこでコーヒーとタバコを嗜むことです。悪い習慣ですね(笑)。

2. 好きな動物は何ですか?

馬と犬……かな。

3. 世界で一番お気に入りの場所は?

生まれ故郷のクルディスタン地区
ガソリンの匂いが漂っていて、埃っぽいし、時に電気は止まっていたりと、決して美しい場所とは言えませんが、地球上にクルディスタン以上に強い結びつきを感じられる場所は他にありません。

4. ずっと聴き続けている音楽は?

イギリス人アーティストのDEAN BLUNTディーン・ブラント)にハマっていて、ここ2年ぐらいは毎日聴いています。
ぜひ聴いてみてください。 

5. 美術館にある絵をもし家に飾れるなら、誰の、どの作品を置きたいですか?

ジャコメッティ作品の頭部のみ、もしくは細長い彫刻かもしれないですね。

6. 人生で最も感銘を受けた本は?

ある意味ではコーランかもしれません。
自分は読んだことは一度もないのですが、家族はムスリムなので、僕の価値観や幼少期の育てられ方はコーランによって形成されていました。

7. AIについてどのように受け止めている?

興味深いですが、詳しく知っているわけではありません。
もし人生をより良いものにできたり、人助けができるならば良いのではないでしょうか。

8. リスペクトしている人物は?

父親です。
父から電話がくるといまだに怖くて緊張しますし(笑)、同時に尊敬しています。
父がイラクからスウェーデンに移る決断をしなければ、今自分が生きているかすらも分かりませんし、今ほど自由な人生にはなっていなかったでしょう。生を授けてくれたということ以上に感謝をしています。

9. 自分が絶対にやらないことは?

今の短い人生の中では、今は何かをやらないと断言するのは難しいです。
人生は謎に包まれていますから。

10.ファッションとは?

原始的な感覚で言えば、自己防護の役割が大きいと思います。もしくは自己表現の方法です。 
これまで考えたことがなかったので、考える良い機会になる質問です。

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Profile
ディラン・ルー | Dillan Lurr

イラクのクルド地域で生まれ、幼少期にスウェーデンに移住。大学では土木工学を専攻していたが、自主制作の映像の一環で作った衣装が注目を浴び、ベルギーの有力工場のサポートを受けて2017年に妹のレザン・ルー(Lezan Lurr)とともにNAMACHEKOを設立。2019年には若手デザイナーの登竜門「INTERNATIONAL WOOLMARK PRIZE」のファイナリストに選出。クラシックな中にクラフト感のあるディティール、クルドの伝統やヨーロッパの感覚をミックスしたクリエイションが高く評価され、日本をはじめ世界のセレクトショップからも注目されている。
https://namacheko.com
https://www.instagram.com/namacheko/
https://www.instagram.com/dilan.lurr/

[編集後記]
あるスタイリストが、デビュー間もなくのNAMACHEKOの服をリースして来て、その新しい感性について興奮気味に語っていたのは2018年頃だったと思う。クラシックではあるが、独特のクラフト感やミックス感が新鮮で、そのブランドはミステリアスな雰囲気に満ちていた。今回初めてインタビューをしたディラン・ルーは、想像していた以上に真摯な受け答えが印象的で、フレンドリーな人物だった。インタビューの直後、一緒にベランダでタバコを吸いながら、「今夜はクラブでパーティがあるんだけど、ああいう場所でどんな風にいれば良いか分からないよ」と語っていたのが印象的だった。パーティで所在のない存在 ― NAMACHEKOの服というのは、そんな人たちに向けられた服でもある気がしたのだ。(武井)