モードともストリートとも異なる新たなブランド像に迫る
Edit & Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Photo by Kiyotaka Hatanaka
ANREALAGE の 森永邦彦 が新たにメンズライン、anrealage homme (アンリアレイジ オム)を立ち上げ、2024年3月の東京コレクションにおいて2024AWシーズンのランウェイコレクションを披露した。そのシーズンの東コレの目玉のひとつともなったこの新ラインは大きな話題を呼んだが、そこから半年も経たない8月末、原宿に直営店 anrealage homme harajukuをスピード出店した。
明治神宮前交差点近くの裏路地に開店したそのショップは、メンズでありながらピンクを基調にした外観、ヴィンテージの木材をパッチワークした内装、さらに隠し扉のような仕組みでレイアウトが変化する作りなど、随所にANREALAGE らしいアイデアが散りばめられ、すでにエリアでも存在感を放っている。
しかしANREALAGE はレディース中心のブランドながら男性ユーザーも多く、長年ユニセックスなイメージを纏って来たので、ブランド誕生から21年も経って、なぜ改めてメンズラインを立ち上げたのかという素朴な疑問も湧いた。
9月7日(土)に再び東コレで2025SSシーズンコレクションのランウェイショーを行ったばかりの森永に、改めてanrealage homme を立ち上げた理由を聞きに行った。
原宿で生まれたブランドが、原点の地で始めること
― 立ち上げたばかりのメンズラインで、しかも既存のANREALAGEのショップの中ではなく、独立した直営店を作ったのには、どのような背景があるのでしょうか。
森永 : まずanrealage hommeは、東京でコレクションを発表することを前提に立ち上げました。今の東京コレクションの位置付けは、どこかパリで発表するための一つのステップというか、上位概念としてのパリがあるような感じで、どのブランドも一度パリに進出すると、東コレには戻って来ないですよね。でも僕の中には自分の原風景としてファッションのパワーが溢れていた2000年代の原宿があったので、改めて「東京では東京のブランドのあり方があるんじゃないか」と考えたんです。そうなるとやはり、原宿のど真ん中に店舗を作り、お客さんに向けて届けて行く必要があると思いました。
― お店を原宿にしたのは、やはりこの街に対する特別な想いがあるからですか?
森永 : ANREALAGEの最初のお店が原宿の奥から始まったこともあるのですが、その頃原宿の街に溢れていたストリートの若者たちが沢山ANREALAGE を着てくれました。そこにブランドが支えられてきたし、その中の象徴的なひとりが今回hommeを一緒にやっているスタイリストのTEPPEIくんです。当時レディースしか作っていなかった頃に、彼がこの街でANREALAGEを着たことが、メンズの始まりにもなっているところもあります。
― 当初から直営を作ることを前提にしていたのですね。
森永 : 実はそこまででもなかったのですが(笑)、3月のショーが終わった直後にこの物件を紹介されました。あのショーの後、バイヤー、プレス向けの展示会をやって、さらに一般の方を招待した「プレオーダーショップ」というオーダー会をやったのですが、そこが本当にショーの熱を受け止める場所になったんですね。「これは一時的な場所ではなく、しっかりとした店舗が必要だ」と思ったタイミングが重なった感じです。
― プレオーダーショップもかなり盛況だったようですね。
森永 : そうですね。ちなみに今回の2025SSのショーでは、前回オーダーしてくれた人をすべてフロントロウ(※ ショーの最前列席。ショーにおいては重要度の高い人物に用意されているのが一般的)にしたんです。ジャーナリストやバイヤーさんは今まで通りなのですが、そこに最近ではインフルエンサーの方々を招く傾向がありました。ただ、誰を一番大切にするべきか、どこに向けてショーをやるのかを考えた時に、やはり買ってくれる一人一人に向けてショーをやろうと考えたんです。
ANREALAGE 、 anrealage homme が超えるジェンダーの境界
― ANRELAGEはもともとジェンダーレスな印象です。現代は多くのブランドもジェンダーレス化している中で、あえてこの時代にhomme を立ち上げたことは意外でした。
森永 : ANREALAGEで常に追求しているのは「境界を越える」ということなのですが、そこではメンズとレディースの境界を越えることも追求してきました。そしてanrealage homme ではANREALAGE でやってきた装飾性の要素も取り入れています。だからドレスのルックも、スカートのルックもあり、レディースの要素も使ったメンズ像のあり方を表現しています。それもあって実際このhomme のお客さんは、男性だけでなく、この人物像を求める女性の方も多いんです。
― 今までANRELAGEを着ていた男性に向けたアンサーのようなラインのような気がしていたのですが、そういう逆流もあるわけですね。
森永 : はい。だからメンズ向け、レディース向けとして分けているというよりは、ANREALAGE の方はレディースに向けて発信しているものがメンズにも届いていて、一方hommeの方でメンズに向けて発信しているものがレディースにも届いている。両方とも逆説的な形で境界を超えているところがあるんです。
― 森永さんの中にはそういう計算もあったということでしょうか。
森永 : ANREALAGEの場合は、歴史の中で自然にそうなってきたところはあります。hommeに関しては、性差も曖昧で、ジェンダーレスとかユニセックスでも言い表せないような感じの少年像で、今はメンズが普通にパールのネックレスを付けたり、シフォンのようなトップスを着るのが違和感のない時代になっているので、そこに向けて作っている印象ですね。
― 今の時代だから受け入れられる、というような。
森永 : ANREALAGEでは、“ゼロイチ”というか、常に「今までにないもの」を求めています。それは未来に向かって“進む”ものなんですね。でも昨年20周年の展覧会をやったときに、Aから始まってZになり、また繋がっていくという円形のロゴを作ったことでも気づいたのですが、過去に自分たちが作ったアーカイブも重要だと思っていました。もっと言えば、時代の中で生き抜いてきたウェア、ANREALAGEでは目を向けてこなかったもの、対極的なものもANREALAGEとして必要じゃないかと思ったところはあります。
― “進んでいくもの”としてのANREALAGE、そしてanrealage hommeを言葉で表現するなら。
森永 : “遡(さかのぼ)る”ですね。ファーストシーズンではANREALAGE初期にやっていたものをベースにしながら洋服を作って、それを今の時代の空気に合わせて落とし込んでいるのですが、セカンドシーズンではそこにヴィンテージとか古着の文脈を入れて、時代の中で残ってきたもの、生き抜いてきたものを、どうhommeらしく落とし込んでいくかをやっています。それはまったくANREALAGEではやってこなかったことでもあるんです。
― 2025SSシーズンは少しアプローチが変わりました。前のシーズン(2024AW)ではプレッピーやアイビーの要素を感じたのですが、2025SSではパンクやヴィンテージの要素も入ってきています。フレームパターンの服などはかなり意外でした。
森永 : 対極のものを求めていたのもあるんですけど、あのフレームパターンは全部レースで出来ていて、アナーキーシャツは低解像度のグラフィックや子供が遊ぶようなビーズが縫い付けられています。かわいらしく、未熟で、温かみのある世界観で表現するパンクという感じですね。
anrealage homme 2025SSコレクションより
盟友 スタイリスト TEPPEIの存在
― スタイリストTEPPEIさんが“ミューズ”としてhommeの中では重要な役割を果たしているということですが、彼の存在は森永さんにとってどのようなものですか。Hommeでは彼が着ていそうなものを想像しながら作っている部分もあるのでしょうか。
森永 : それはかなりありますね。実際セカンドシーズンに至っては、彼の持っている服のアーカイブを随分参考にしています。TEPPEIくんはおそらく日本一服を持っているスタイリストだと思っていて。
― 「今も毎日服を買っている」と本人に聞いたことがあります(笑)。
森永 : 実際家は洋服で埋め尽くされていて、その中には年代ごとのヴィンテージウェアもものすごくたくさんあるんです。もちろん全部ではないですが、今回はそのヴィンテージウェアをソースとして落とし込むという作り方もしています。それもTEPPEIくんが当時着ていたものだったり、それが感じられるものをピップアップして。
― では実際に一緒に洋服を見ながらデザインの構想をしたのですね。
森永 : そうです。50年代のロカビリーに始まり、70年代のパンクウェア、ヒッピーや西海岸のものも見ました。どれもアノニマスなものが多いですけど、それをどうhommeらしく料理するかを考えるのは楽しかったですね。
― それは森永さんの中にも内包されていたものなのですか?
森永 : 僕自身はヴィンテージウェアが原風景にあるわけではないですが、それが消化されて2000年代の原宿に全てミックスされたスタイルとして出てきていたので、自然に見ていたものでした。そこにはもちろんモードがあって、ストリートがあって、古着があって、そのフラットな超越されたスタイル像は僕が通ってきた道でもあります。それらが再解釈された2000年代の原宿にあったものとして、取り入れている感じですね。
現代に問い直す2000年代原宿の熱狂
― ヴィンテージコレクターの方を取材していると、当時の服はアノニマスなのに、途方もない労力がかけられているものがありますよね。今では量産の再現性の難しいものも多いというか。
森永 : はい、すごくパーソナルな洋服なのですが、それが今、個に寄っていくというか、力を持つ気がしています。
― だからこそ、hommeではかなり手の込んだことをやっていというか。後世の服好きがanrealage hommeの服を見たら、「これをどう世に出したんだ?」と思うかもしれないですよね。
森永 : 確かにそうですね(笑)。
― そこには披露する場所もなかった名もなき作り手たちの情熱というか、そこに対する共感のようなものもあるのですか?
森永 : 合理的でないものは、今のファッションの中では成立しにくいところはあります。ただ、ANREALAGEが始まった頃はずっとそういう作り方をしていて、そこから僕がよく言う「神は細部に宿る」という言葉も生まれて来ました。やがてテクノロジー的アプローチと出会って、また別軸での服作りも始まったのですが、最初に自分たちの中にあったものは消えずにあるべきだなと思うし、僕らには手仕事の背景もしっかりあるので、改めてそれをやろうと思いました。
― そういう意味でも、森永さんが先ほどおっしゃっていたように「遡る」要素というか、そういう核がhommeにはあるわけですね。
森永 : そしてそれがあるからこそ、その対極に“進む”ANREALAGEがあるという感じですね。このお店もそうですが、ANREALAGEであれば、ヴィンテージや過去にあったもので空間を作るということはないと思います。
― この店舗はまさにそういう作りですよね。
森永 : ヴィンテージをパッチワークするだけだと、よくあるお店になっていくので、ヴィンテージのものとソリッドな日常性を共存させています。さらに原宿でやるからには原宿のストリートとこの店の境界を曖昧にできないかという考えで設計をしました。いつかこの店舗と道路でランウェイをすることを妄想しています。
― anrealage hommeがやっていることは、モードとも違って、ストリートとも違う。すごく珍しく、ある意味難しい立ち位置で勝負されているようにも感じます。
森永 : 作っているものはポップな印象ですけど、ゾーンとしてはすごく狭いものだと思っているので、anrealage hommeを広くやろうというよりも、もっと狭いけど、 “熱狂のある人たち”に届けたいと思っています。1回目、2回目のショーをやって、確実にそういう人たちがいるという手応えや実感はあるんです。
― そこには2000年代初頭と同じ空気感を感じているところもあるのですか?
森永 : 絶対数はやはり減っていると思いますけど、確実にその息吹は残っていると思います。あの時代に東京・原宿から発信されたファッションがパワーを持っていたように、今の時代にこの街から何が発信できるかをanrealage hommeではやっていきたいですね。
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10 questions to KUNIHIKO MORINAGA
- 日常のルーティンがあれば教えてください。
毎週月曜日に、先週何があったのか、今週の予定や、中には僕が影響を受けたものを書いたものを全部自分がまとめて朝までに送り、社内で全体会議をしています。日課ではないですが、それを15年くらいやっています。
2. 服作りの次に時間を費やしていることは?
今は仕事以外だと100%子供との時間です。まだ子供が小さいので家は激動です(笑)。
3. 最近見た映像作品の中で印象的なものは?
T・Pぼん
4. 頭にこびりついて離れない音楽は?
今回のコレクションにも繋がる(※)のですが、THE BLUE HEARTSです。
小学校高学年くらいにテレビで見て衝撃を受けました。
※2025SSコレクションのショーでは、THE BLUE HEARTSの真島昌利にオファーして許諾をもらい、少年の声とピアノでカバーした「青空」と「TOO MUCH PAIN」の2曲を使用した。
5. 長年使い続けている逸品は?
初めてパリコレに出た時に買った「モンブランの万年筆」、「生地の10倍拡大鏡」、あとは『中学英単語1850』。高校入試用の英単語をセレクトした学習参考書ですが、,コレクションテーマを選ぶときの参考書にもなっています。
6. 一番好きな場所は?
東京であれば「東京タワー」。最初にコレクションを発表した場所です。
最近恵比寿にオフィスを引っ越したのですが、そこも「東京タワーが見られる物件だから」という理由で決めました。
7. もう一つ言語を話せるなら何語を話したい?
やっぱりフランス語ですね。
8. ドラえもんをテーマにしたコレクションも発表していますが、ドラえもんの道具で欲しいものは?
タイムマシン。ブランドを始めた頃のANREALAGEのショーの様子を見てみたいです。
9. 自分が絶対にやらないことは?
師匠であるkeisuke kandaの神田恵介さんと同じ道を行くこと。
いつも恵介さんと別の道、真逆のことをやっていきたいと思っています。
10. 森永さんが考える「男」とは?
「夢見がち」(笑)。
[INFORMATION]
anrealage homme harajuku
東京都渋谷区神宮前6丁目29−10 ARビル 1F
営業時間:17:00〜24:00 (日曜・祝日休み)
TEL : 03-6450-6265
https://www.anrealage.com
森永 邦彦 | Kunihiko Moorinaga
1980年、東京都国立市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。2003年にブランド ANREALAGEを設立。2005年東京タワーを会場に東京コレクションデビュー。「神は細部に宿る」という信念のもと作られた色鮮やかで細かいパッチワークや、人間の身体にとらわれない独創的なかたちの洋服、ファッションとテクノロジーを融合させた洋服が特徴。2014年よりパリコレクションへ進出。2019年 仏・LVMH PRIZEのファイナリストに選出、同年第37回毎日ファッション大賞受賞。2024年にanrealage hommeを始動。
https://www.anrealage.com
https://www.instagram.com/anrealage_official/
[編集後記]
2022年以来約2年振りの取材となった今回。ANREALAGE、森永さんを取り巻く物事は、短い時間の間にさまざまな変化を遂げるが、今回もあっという間にanrealage hommeを立ち上げ、立て続けに原宿に直営店をオープン、そして2025SSコレクションを発表している。もちろんメインラインであるANREALAGE は相変わらずパリで発表を続けるなど、その目まぐるしさと多忙さに磨きがかかっているが、森永さんはいつものように物静かに話をされているのが印象的だった。(武井)