Photo: Shoichi Kajino (Studio, Live), Takao Iwasawa(Portrait)
Text: Tetsuya Suzuki
ミュージシャン・藤原ヒロシ3年振りのオリジナル・アルバム『slumbers 2』がリリースされた。前作『slumbers』に続き、渡辺シュンスケをサウンド・プロデューサーに迎え制作された本作は、ディスコ、ダブ、ハウス等、藤原のキャリアにおけるバラエティに富んだ音楽性を現代的な形でアウトプットした内容となっている。時代により表現方法を変えながら作品を作り続ける藤原ヒロシにとっての音楽とは? 前後編にわたりインタビューを公開する。
Honeyee(H):最新作のタイトルは『slumbers 2』。前作『slumbers』(2017)に続いて、共同プロデューサーに渡辺シュンスケさんを迎えた今作は、その名の通り前作の続編という位置づけでしょうか?
藤原ひろし(F):そうですね。(渡辺)シュンスケくんは、YO-KINGとのAOEQ(注1)のライブのときから一緒にやっていて、レコーディングでは『slumbers』の前にリリースした『manners』(注2)のときから参加してもらっています。
H:では、ヒロシさんが自作の曲を歌うというスタイルは、『manners』以来、渡辺シュンスケさんと完成させてきたという側面はありますか?
F:それは、あるかもしれませんね。これまで、いわゆるプロデューサーを置いて楽曲を作ることはなかったし、シュンスケくんがいることで制作が楽になったのは確かですね。
H:むしろ、それまではヒロシさん自身がプロデューサーとして音楽制作に携わることが多かったわけですが、二人の作業はどのようにして行われるのでしょうか? レコーディングの現場にお邪魔したときに、ヒロシさんがシュンスケさんにアレンジの指示を細かく出しているのを見て、これは一般的なアーティストとプロデューサーの関係とは違うな、と思ったのですが。
F:シュンスケくんはとても柔軟な人で、僕の出したアイディアを素直に理解してくれるので、一緒に作るうえで何かとやりやすい。また、クラシックともジャズともフュージョンとも言えない彼特有の“手癖”のようなコード感があって、それが面白いというのもあります。“シュンスケ・マーク”と言いたくなるような小難しい感じを時々入れてくるんです(笑)。だから、曲によってはシュンスケくんとの共作と呼べるものもありますね。ライブも一緒にやっているというのも大きいですね。
H:シュンスケさんが参加した前作、前々作との連続性が感じられる一方、『slumbers 2』では、ニューウェーブテイストのディスコやピアノダブ、アシッドハウス、バレアリック等々と、ヒロシさんのDJ時代のキャリアを連想させる楽曲が並んでいるという印象があります。自身の音楽遍歴、あるいは音楽キャリアを振り返るようなアルバムを作るという意図は当初からあったのでしょうか?
F:それは、ちょっとありました。今まで自分が聴いてきた曲やDJとしてかけてきた曲からなる自分の中のアーカイブみたいなものを上手く使って新しい曲を作ろうという。もっとも、その考えは前作の『slumbers』のときにもあったけれど、今回はそうしたアイディアをより明確にできたかもしれないですね。
H:それ以前、ヒロシさんがDJ時代に発表したアルバム、例えば『Nothing Much Better To Do』(注3)では、当時のサンプリング的な手法や質感が一般的になりつつあったタイミングで、様々なゲストをフィーチャーしながら、敢えて生楽器の演奏で“サンプリング以降”のサウンドをデザインするという方法論で作られたと思うんです。あるいは、『Classic Dub Classics』(注4)ではバッハやドビュッシーのクラシックの名曲をダブ的なアレンジでカバーするという方法論で作られた明確なコンセプトアルバムなわけですが、そうした以前のようなコンセプトや方法論から作られるのではなく、ヒロシさんの、より自然な気持ちや感情を優先した曲作りが『slumbers』『slumbers 2』では行われているということはありますか?
F:確かに一つのコンセプトで作られたアルバムではないですが、『slumbers 2』では、むしろ曲ごとにコンセプトというかテーマを決めて、一枚のアルバムの中にいろいろな要素を入れたかったという感じですね。例えばヒップホップのアルバムだったら全曲ラップ、ハウスのアルバムなら全曲ハウストラックというのが普通じゃないですか。実際僕もハウスで一枚、歌モノのディスコで一枚作るほうが良いのかな、と思うときもあるんです。でも、かつて影響を受けたマルコム・マクラーレンのアルバムのように、いろいろなジャンル、スタイルの曲があって、それがまとまって一枚のアルバムになるというのが、自分のなかでは当たり前なんですよね。だから、その意味では自然に作ったと言えます。
H:それでは、歌詞に関しては、どうですか? 歌詞の多くは自身の内面を反映しているのでしょうか?
F:難しいところですね。完全に他人の目線になって歌詞を書くこともあるし。ただ、あんまり内容を深く突き詰めて書くというよりは、言葉をコラージュ的に使って書くというのが、最近は多いですね。
H:今作のなかの「TERRITORY」という曲では、曲もそうですが歌詞の言葉選びのセンスに、ヒロシさんの自然なパーソナリティがこれまでになく反映されている気がするのですが……。
F:あの曲に関しては、むしろ、DJ的な手法で作ったのが上手くいったと思います。ディスコっぽい曲を作ると決めて、 “ベースラインはこの曲の、この感じで行こう”というところから始めて。歌詞に関しても、“ブラインド”と対になる言葉を考えているときに、“ホリゾント”という言葉を思い出したんです。撮影スタジオでカメラマンが“白ホリ”とか“ホリゾント”ってよく言っていたのを思い出して。そういう、一般には馴染みがないけれど、場所によってはよく使われる言葉が面白いというか。なので、普段から気になる言葉や表現は作詞用にメモを取っていたりします。
H:作詞というのは、ヒロシさんの新しいチャレンジと言えそうですね。
F:難しいですけどね。極論を言うと、僕が良いと思うメロディと日本語とは相性が悪いんですよ、やっぱり。洋楽っぽく仕上げたいときに、すごく日本語が邪魔をするというか。日本語の照れくささみたいなものも、どうしてもありますしね。
10月14日に開催されたサカナクションの山口一郎が主宰するイベント「NF」のネット配信番組「NF ONLINE」でのライブで、ゲストに招いたUAと共演する藤原ヒロシ。アルバム『manners』にセルフカバーを収録した藤原作曲によるUAのデビュー曲「HORIZON」を披露した二人だが、この日が、実に23年ぶり(!)の再会であったという。ステージ上での共演は、もちろんこれが初めて。MCでは25年前にリリースされたこの曲のレコーディング中の秘話も明かされ、後に唯一無二の存在感を存分に発揮することとなるUAの才能の開花に藤原が一役買っていたことを改めて思い起こさせた。
H:その「難しさ」というのは、かつてのDJ的な、あるいはプロデューサー的な音楽制作ではなかったことですよね。そこで、改めて聞きたいのは、ヒロシさんが自作曲を自分で演奏し歌を歌うということになった、きっかけや動機とは何だったのでしょう?
F:確かに以前は、プロのスタジオミュージシャンを呼んで、ヴォーカリストをフィーチャーして、というふうに作り上げていたんだけれど、もう、そのやり方が面倒というか、それだといつまでたっても、機械的なものしか出来上がってこないように感じて。プロフェッショナルを集めれば素晴らしいクオリティのものにはなるんだけれど、どこか人間味に欠ける気がしていたんです。それだったら、僕はギターもピアノも歌も、たいして上手いわけではないけれど、全部自分でやろうと。それ以前の例えば『Nothing Much Better To Do』の頃は、意外な人や忘れられていた人をフィーチャリングするということ自体が面白かったけれど、今はもう、それも普通のことだし。それよりも、上手くなくても自分の歌で伝えるということのほうが面白いんじゃないかという考えです。
H:ミュージシャンやヴォーカリストをフィーチャーしたプロデューサー的な音楽作りが一般化したことへの「アンチ」として、自作曲を自分で演奏し歌うというスタイルを取っているということですか?
F:いや、それももう関係なくなっていますね。それこそ、サカナクションの山口(一郎)くんなんかは、曲も歌詞も歌も凄く良いと思うんで、自分も頑張って彼のように出来るといいなって、本当に思っているんですよ。たまに流れてくる他のJ-POPを聴くと、サカナクションとのあまりの違いに驚くというか。J-POPによくあるような、ちょっとボコーダーを使った甘ったるい歌詞の歌が僕は大嫌いなので(笑)。もちろん、そういうのがあるから、僕らがぎりぎりサブカルチャーっぽく、ぎりぎりカウンターっぽくいられるので、ある意味では必要なんですけどね。
H:「ぎりぎりサブカルチャーっぽく、ぎりぎりカウンターっぽく」と言われましたが、今、「サブカルチャー」ないし「カウンターカルチャー」として音楽が存在するのは難しいと思いますか?
F:難しいと思います。やっぱり今は情報過多なんじゃないですかね。向こうから迫ってくるものが多すぎるので、音楽もじっくりと向かい合って聴くものではなくなっているんじゃないかなと思う。それでも、自分としては、しばらく経ってから聴き直したときにも、その作品の意味を理解してもらえるものを作っているつもりです。
-part.1 END.-
注1: 真心ブラザーズのYO-KINGと藤原のユニット。2011年にアルバム『THINK』『THINK TWICE』の2枚のアルバムをリリース。
注2: AOEQの活動を経て、2013年にリリースされたソロ名義のアルバム。全曲藤原がヴォーカルを担当。自身が作詞作曲を手がけた曲の他、藤原がプロデュースしたUAデビュー曲「HORIZON」のセルフカバー等も収録。
注3: それまでプロデュースや楽曲提供等、“仕掛け人”的に音楽制作に携わっていた藤原ヒロシが、初めて自身の名を冠して94年にリリースしたアルバム。
注4: バッハやシューベルト、ショパン等のクラシックを、ダブで再構築したアルバム。唯一のゲストとしてエリック・クラプトンが参加している。2005年に瀧見憲司が主宰するCRUE-L Recordsよりリリース。