待望の旗艦店を日本にオープンした英国デザイナーにインタビュー
Edit&Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Portraits by Yosuke Demukai
日本でもじわじわと人気を拡大させてきた英国ブランド STUDIO NICHOLSON が、この7月、東京・青山に日本初となる路面店「STUDIO NICHOLSON AOYAMA」をオープンした。そのウェアデザインに派手さはなく、極めてシンプル。しかしながらその上質な素材使いと、見ればなぜかそれと分かるデザインやパターンは、幅広い年代から支持されている。デザイナーはロンドンをベースにクリエイションを続ける、ニック・ウェイクマン(Nick Wakeman)。青山の店舗オープンに際して来日した、スタイリッシュな女性デザイナーに話を聞いた。
“日本のカスタマーは圧倒的にスタイリッシュ”
― 今回は久しぶりの来日だったのでしょうか。
Nick : 今年の4月に旗艦店の現調などで来ましたし、日本には年に2回は来ています。最初に日本を訪れたのは1999年のことで、90年代の汚いロンドンの街から来た身としては、綺麗で整然とした東京の都市には驚かされました。
― 1999年と現在の東京は、何か違いを感じますか?
Nick : 90年代はまずほとんどの人が英語を話さなかったり、注意書きや標識なども全部日本語だけでした。だから最初の来日の際はガイドと通訳を雇わなければいけませんでした。本当は自分一人で行動したかったので、それがフラストレーションで(笑)。今はあちこちに英語の標識や看板があるし、英語も通じることも多い。一人でも行動できる都市になりました。ただ、最初に到着した時に憶えた衝撃はもう感じられなくなりました。それはパリやミラノなど他の都市でも同じだと思います。
― 今回東京にお店をオープンすることになった経緯を教えてください。東京・青山を選んだのは何か理由があるのでしょうか。
Nick : イギリス国外では韓国・ソウルに2店舗、釜山に1店舗を構えています。私自身と東京の繋がりはとても強く、最初にブランドをスタートしたときのオーダーもすべて日本からでした。だから今回はブランドが故郷に帰るような感じ、自分の子供が実家に戻っていくような感覚です。最大のマーケットではないですが、とても重要なマーケットです。
― ロンドンと東京のカスタマーで違いを感じる点はありますか。
Nick : たくさんあります。ロンドンにはイギリス人以外にもヨーロッパやアメリカ、中国などの国際的なカスタマーが多い中で、日本はよりローカルな方が多いです。東京店では日本用のプロジェクトや国内専用のアイテム作りなどはやっていく必要があると思います。
― スタイル的な違いもありますか?
Nick : 日本のカスタマーは圧倒的にお洒落でスタイリッシュ。ほとんどのアメリカ人はどうやってコーディネートをするか全部教える必要があります(笑)。でも日本のカスタマーはお店に入ってきた瞬間、何をどう着れば良いか理解しています。イタリア人はスタイルを持っていますが、少し派手。日本人のスタイルはエフォートレスだと思います。
青山で見かけた男性から生まれたボリュームパンツ
- STUDIO NICHOLSON はウィメンズブランドとしてスタートしましたが、今はかなりメンズウェアの印象があります。ご自身がデザインされた洋服がこれほどまでに男性に支持されている理由はどこにあるとお考えですか?
Nick : 自分でも常にメンズウェアデザイナーだと感じています。私がもう少し賢ければ、最初からメンズウェアを作っていたと思います(笑)。そうしなかった理由は、マスキュリンなルックのウィメンズウェアを作りたかったからです。メンズウェアの方がデザインするのも販売するのも、より簡単でシンプルです。メンズウェアバイヤーも仕事がやりやすいですが、ウィメンズウェアのバイヤーとやりとりするのは悪夢です(笑)。それを全部含めてさらに言うと、日本はメンズウェアのマーケットだと考えています。
― デザイン面ではメンズウェアとウィメンズウェアを作る際の違いはありますか。
Nick : メンズウェアのデザインはシンプルですが、メンズウェアは頭で考えていることをデザインにするだけですが、ウィメンズウェアは『あとこれだけドレスを作って、スカートはこれぐらい作って』など、ジグソーパズルを組み立てるみたいな感覚です。
― 男性の服はシンプルで定型があるからこそ、ブランドの存在感を示す難しいと思うのですが。
Nick : 私はブランドにとって、そしてメンズウェアにとって一番重要なのは生地だと考えています。私はベーシックで単純な生地選びをすることはなく、それがブランドを際立たせている一つの要因だと思います。エレガントかつ生地にこだわった洋服、それこそがSTUDIO NICHOLSONというブランドを作っている要素です。デザインはシンプルと言えど、男性の方が些細なポケットなどのディテールを気にする人が多いので、よりオーセンティックなモノづくりが必要です。
― メンズウェアで男性を満足させるポイントはありますか?
Nick : デザインする際にブランド内で採用している明確なチャートのようなものがあるのですが、その中には多くの自問自答があります。例えば「生地は何を使うか?」、「この生地の良いところは?」、「この洋服が持つストーリーは?」、「機能的なのか?」などです。ファッションや洋服は満足したら簡単に捨てるモノだとは考えておらず、残りの人生でずっと着続けるべきもの。そしてファストファッション、特にウィメンズウェアの分野における現状は本当に間違っています。
― STUDIO NICHOLSONの代表作である太いパンツは、どのようにして誕生したのでしょうか?
Nick : ボリュームパンツの誕生秘話は、実は東京・青山にあります。ある日青山で見かけた男性が履いていたパンツがすごくかっこよくて、「それはどこのパンツですか?」と話しかけたんです。すると「これはヴィンテージのパンツだ」と言うのです。それが全てのきっかけです。帰ってからすぐにそのパンツを元にしたデザイン画を描いて、生地も覚えていたので、まずはウィメンズのパンツを作りました。その後、2017年にメンズコレクションをローンチした際に、まさにその当時見たパンツを再現した“SORTE PANTS”を作ったんです。生地の再現性にもこだわっていて、イタリアにある友人の工場にピーチ加工や生地をダブルにしてもらうリクエストをしました。今ではもうキロメーター単位で生地を注文しています(笑)。
スタイルアイコンは『刑事コロンボ』
― デザインをする上で日本建築やインテリア、グランジミュージック、90年代サブカルチャー、地質景観からインスピレーションを受けているということですが、もう少し具体的に聞かせてください。
Nick : 1980〜90年代の音楽や映画からの影響も強く受けています。映画はとにかく大好き。好きな映画の一つが『危険な情事』なのですが、ストーリーは全くどうでもよくて(笑)、映画の撮り方や役者の着ている洋服など、ビジュアル面に惹かれました。あとは実話に基づいて製作された『キリング・フィールド』もお気に入りです。これも衣装が素晴らしいのです。あとは『スターウォーズ』も大好き。日本に来る前にモロッコの砂漠に行ったのですが、まるでタトゥイーンにいるような気がして、大興奮でした(笑)。ブランドで多用するベージュやホワイト、ストーン、ブラウンのカラーパレットは、日本のインテリアから。明るい派手な色は嫌い。音楽はアーティストで一つ挙げるとするならRadio Headが好きです。あとはブライアン・イーノ、ブラー、ザ・キュアーなどの80年代、90年代の音楽にも影響を受けています。
― イギリスは色々な音楽、特にロックミュージシャンたちの聖地ですが、実際に現地で暮らしているとダイレクトに影響は受けてきたのでしょうか?
Nick : イギリス人アーティストやバンドのライブに実際足を運びながら育ったので、すごくインスピレーションを受けました。イギリス料理やファッションはそこまで刺激的なものではないですが、音楽だけは特別なものです(笑)。一方で感動を憶えた映画や音楽からダイレクトに影響を受けた洋服をデザインするのではなく、そこからひねったモノづくりをするようにしています。例えばスキンヘッズのファッションはノスタルジーを感じますし、個人的に好きですが、そのインスピレーション源をモダンなアイテムに落とし込んでいます。今回オープンに際して、私が好きな音楽でミックステープを作っていますので、ぜひ聴いてもらいたいですね。
― スタイルアイコンはいますか?
Nick : 懐かしの『刑事コロンボ』です。彼の着ているマッキントッシュやスーツの生地は素晴らしい。そして最大のインスピレーションはお年寄りの方々です。先日もロンドンで『Grandparents』というエキシビションも開催して、お年寄りのスタイルを捉えた18枚の写真を展示しました。お年寄りの方々は新聞が好きなので新聞も作ったんです。日本にもヒロノブさんという87歳ぐらいの友人がいて、彼にSTUDIO NICHOLSONの洋服を贈って、着てもらったところをお孫さんが写真を撮ってくれたんです。彼らのスタイルはオーセンティックで、気張っている感じが全くしないんです。洋服をきちんと手入れしていたり、着続けることで少しシェイプが変わってきたり。それがインスピレーションになっています。
― 『刑事コロンボ』やお年寄りのスタイルがインスピレーションというのは意外ですが、不思議とすんなり理解できます。ちなみにニックさん自身はどんなライフスタイルを送っているのですか?
Nick : 朝型なので6時には起床をして、出社前に自宅でメールなどの作業をします。夜遅くまで働くのは得意ではないので、ミーティングが全部終わった17時30分ぐらいにオフィスを出て、ボーイフレンドや友人たちとディナーに行きます。料理は面倒だからしない(笑)。金曜日は仕事をしない日なので、自分のための時間です。時々何もせずにベッドの上で横たわったり、その日にデザインをしたりします。“CEO Friday”と呼んでいます(笑)。
― 最後に、STUDIO NICHOLSONをどういった人に着て欲しいと考えますか?
Nick : われわれのカスタマーはメディア業界などのクリエイティブな人が多いと思います。正しい理由のもと、シンプルに“良い洋服”を作って、それを着てくれる人が楽しんでくれることが一番大切なことです。それに手が届く存在であり続けることも重要だと考えています。STUDIO NICHOLSONの洋服は決して安価ではないですが、高すぎることもありません。私の哲学は良い価格を支払ってもらって、長く続く洋服を提供し続けることにあります。
Profile
Nick Wakeman | ニック・ウェイクマン
チェルシー・カレッジ・オブ・アーツでテキスタイルの学士号を取得。その後20年間に渡って、DIESELやMarks & Spencerをはじめとする数多くの英国ブランドで技術を磨き、2010年に自身のブランド、STUDIO NICHOLSONを立ち上げる。STUDIO NICHOLSONでは、自身が好むメンズウェアやテーラードに影響された、ヨーロッパスタイルのメンズワードローブ特有のドレッシーさや緩さ、オーセンティックな飾りっ気のなさなど、メンズのギミックな感覚をコレクションに凝縮。
https://studionicholson.jp
https://www.instagram.com/studionicholson/
https://www.instagram.com/nickwakeman/
[編集後記]
仲の良いスタイリストに「STUDIO NICHOLSONの太いパンツが人気で、東京でも定番化しつつある」と聞いて、ファッションシューティングに取り入れたのは3年ほど前だ。気になって街を見渡していると、確かにニュースタンダードとして浸透していた。デザイナーが英国人女性だと知ったのはつい最近のこと。実際にお会いしたニック・ウェイクマンさんは、スタイリッシュだけどウィットがあり、とても正直に話をする方で、その人間性にも惹かれた。“信用できる服”というのは、こういうデザイナーから生まれるのだ。(武井)