パリメンズコレクション2024AW直前独占インタビュー
Edit&Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Interview Portraits by Kiyotaka Hatanaka
2024年1月に開催されるパリ・メンズ・ファッションウィーク 2024AW。ご存知の通り日本からも多数のブランドが参加するが、注目を集めているブランドのひとつがBED j.w. FORD(ベッドフォード)だ。それまでの東京メンズブランドにはあまり見られなかった、独特のエレガンスを感じさせるスタイルを発信し続けているブランドであり、その影響は時間をかけてシーンに根付いてきた。
BED j.w. FORD は2020AWシーズンにMaison MIHARA YASUHIROのパリ・ファッションウィークのランウェイ会場でゲリラ的に発表する形で一度パリランウェイショーを披露し、2023AWシーズンの東京でのランウェイを最後に正式に発表の場をパリに移すことを宣言。2024SSシーズンはパリの公式スケジュールでショーを行った。今年7月には東京・外苑前に初となる直営店もオープン。ブランド設立から13年という時が経ち、ブランドの勢いは増している。
BED j.w. FORD 2024SS コレクション
今回HONEYEE.COMでは、1月のショーに向けて準備全っ只中のデザイナー・山岸慎平にインタビュー。ここまでのヒストリー、これからのBED j.w. FORDについて聞いた。
濃密な4年、小林節正の薫陶
― 2010年にBED j.w. FORDを始める前は、MOUNTAIN RESEARCHにいたのですよね。
山岸 : そうです。石川の田舎にいる頃から「ファッションは免許も何もいらない職業」と考えて高校を卒業して上京し、色々な仕事をして数年後に入社しました。ちょうどMOUNTAIN RESERCHが始まった翌年です。当時はファッションとアウトドアが今よりも分断されていた気がします。MOUNTAIN RESERCHはアウトドアの文脈でしたが、小林節正さんは“山の上のパンク”というか、本人は否定しますが、やはりファッションデザイナーだなと感じていました。あの人の考え方自体が都会的だったんだと、今になって感じたり気づくことが多いです。
― やはり影響も受けたと思いますか。
山岸 : スタッフはみんな僕より10歳以上も年上でしたが、小林さん含めみんな優しかったし、何より刺激がありました。毎日色々な事を教えてもらえたり、くだらない話もあったり、そういう中で毎日のように小林さんの古着を触らせてもらっているうちに、自分で洋服を作ることにも興味を持ち始めました。「オカダヤ」で生地を買ってきて、友達にパターンを引いてもらって、縫製も頼んでシャツを作ったり。それを小林さんに見せたら、嬉しそうにしてくれたのを覚えています。僕は専門学校にも行っていないので、それが本当に服作りの最初でした。
― その時に作ったものは、今作っている服にも通じるものですか?
山岸 : 通じるものがあるんじゃないか、と信じたいですね。ただ、コックシャツを作ったのですが、それは当時のNUMBER (N)INEやUNDERCOVERの“いいとこ取り”をしたような、「これのどこにオリジナリティがあるんだ」、という感じのものだったと思います。小林さんからしてみれば、鼻で笑うレベルの物でした。それでもちゃんと見てくれた。それが何よりも嬉しかったです。
“上手なグラフィックもアイコニックなワードも思いつかない”
― 当初はどんなファッションに影響を受けていたのですか?
山岸 : 僕が上京した頃は裏原宿みたいな生き物が随分成熟していて。そういう物に憧れて田舎から出てきたはずなんですけど、すごく冷めたというか。田舎でそれを持っているのは自分しかいない、特別なことをしているんだと思っていたのに、東京に出てきたらみんなが一生懸命並んでいて、街中ではみんなそれを着ているっていう現象を見た時に、「思ってたのと違うな」と。当時流行っていたブランドの中にも「これのどこがカッコいいか全くわからない」と感じたものもあったし、行列に並んで店に入ると一部の商品だけ無くなっていたりとか、色々な事に「もういいかな」と。ファッションで食って行きたいと憧れて出てきたものの、本当にこれを職業にしていいのかなと最初の半年くらいは悩みました。
― 裏原宿に憧れていたけど、こんなもんかと。
山岸 : というよりも、思った以上に盛り上がっていたから冷めていくというか。音楽で言えば、アングラな音楽だと思っていたらすごくオーバーグラウンドなものだったことが分かって、周りに言うのがちょっと恥ずかしいみたいな。本当はブランド名が書いてあるものも着たり履いてみたいけど、照れてしまい履けないみたいな。そのクセみたいな物は今でも取れないです。
― そういう話を聞くと、ブランドを始める時に、山岸さんが何か世の中に足らないと思うものがあって、それが原動力だったのかなと感じます。東京の服は基本的にアイコニックなものが多いし、そうじゃないと勝ち残れないみたいな部分もありましたよね。でもBED j.w. FORDの服はそういうタイプではないというか。
山岸 : そのお言葉は嬉しい反面、複雑で。足りないものがあってこうなったというより、「自分はコレしか出来ない」、という感じです。上手なグラフィックもアイコニックなワードも思いつかない、自分の着ている服にもその要素があまりない。考えてみると、小林さんのところにいたからこそ今の服作りができている気もします。あの人は部分的に「これはこうじゃないといけない」が強く、僕はそこに憧れのような物を感じていて。その影響か僕も「こうじゃなきゃいけない」を作る気質ですが、それは誰かにとってではなく、自分にとって必要なものだから変えない。それがロゴで伝えたり、見せたり、ポップでアイコニックに見せたりすることと相性が悪いのか自分が見つけ出せてないのか分からないのですが。
自由に着飾る、“ストリートじゃない何か”
― BED j.w. FORDのコンセプトとして「着飾る」という言葉を長年使っていますよね。でも、その「着飾る」は、突飛だったり華美なものではない。だからと言ってミニマルでもない。
山岸 : そうですね。もっと静かなものです。「着飾る」と言い始めたのは最初の頃からで、今もそう思っているんですけど、その言葉の正体はきっと「エレガント」という表現を求めていたのかも知れません。ただ、エレガントの正体はなんぞやと聞かれると、僕にもそれは分からない。所作であったり、佇まいであったり、衣服じゃないところに存在するものだと思っています。それをどう洋服で表現していくのかが今のフェーズでありブランドとしての意義だと思っています。
― ブランドというのはある種のトライブを作る側面がありますよね。“裏原っぽいトライブ”とか、人気が集まるところにはそういうものが出来る傾向にあると思うのですが、10年くらい前に初めてBED j.w. FORDを見た時は「ここにトライブって出来るのかな?」と感じていたんです。でも今の東京を歩いていると、4、5年くらい前から特に若い世代ですごく増えてきた。BED j.w. FORDがそのトライブを作ったような感覚はありますか?
山岸 : 僕のブランドで、というのはないですが、でも「こうなったでしょ?」に近い感覚はあります。ブランドを始めた頃、カウンターカルチャーが受け止めやすい、あるいはそもそもそれ自体が無い時代感の入り口だなと感じていたんです。自分も好きで情報源だった雑誌がなくなっていく、その一方でSNSみたいな物が普及していくそんなタイミングで、「自分はこういう世界観」と伝えきった方が手っ取り早いと。100人賛同するか1人なのか分からない、ただ視野を広げて100人が千人になる世の中になっているというのは強く感じ、それなら自分が本当に伝えたいスタイルや世界を続けた方が気も楽だと。
― それはある意味、ストリートと言えばストリートですね。
山岸 : 僕はずっと草の根活動をしていた感覚なのですが、その厳しさと同時にすごい自由度があったんです。そういう、何をやってもいい、自由でメチャクチャにしていいっていうのを最初に見たのはSasquatchfabrix.や村山シンさんでした。「なんだこれは」と。ワケ分かんないけど面白い。あの人たちは時代がこうなって行くことを読み解いていたと思います。彼らの話を聞いて動きを見ていると、もう「それぞれ自由にやっていきましょう、みんな解散!」って話だなと勝手に感じていました。
― 確かにSasquatchfabrix.が出てきた時は異端な存在でしたよね。
山岸 : なんだかあの感じが、バンドはバラバラだけど一枚のコンピレーションアルバムを聴いているような、そういうムードが東京の洋服の中で僕はやっと実体験として出来きた気がしました。自分もそうなって行きたいな、その方が楽しそうだな、性にもあってそうだな、と思っていました。
パリに持って行くもの
― BED j.w. FORDでクリエイトするときは、大きなテーマのもとに作るのか、それとも作りたいものありきで生まれるのでしょうか。
山岸 : 普段から気になったものをメモる癖があるんです。日記までもいかない、「今日こういうことを思った」とか、「これが終わったらあれがしたい。これに行きたい」とか。そういうのを集めてみると、「あ、今気になっているのはこういうことか」と気づきます。
― 点と点を繋げたら何かの形になっている。
山岸 : ひたすら鋭敏に自分の今の気分を探すんです。出来る限り素直に、そういう時に洋服を買ったり、レコードを買ったり、写真集や漫画を買ったり、色々な物や事から感情をピックアップする。音楽ではヒップホップやロックばかりを聴く時もあれば、アンビエントしか聴かない時期もある。急にスニーカーを履きはじめたり、そうやって自分が今何を思っていて、何が好きで、どういう感覚なんだということを探し当ててから物を作り始めます。テーマというよりも、この感情に名前をつけるならこうだよね、という感じです。
― 1月のパリはどんな気分を持っていくんですか?
山岸 : 今回は何のためにこれ(服作り、ブランド)をやっているんだということを思い出そうというか。たくさんの憧れたデザイナー、ファッションブランド、音楽、映画、それ以外の色々な何か影響を受けたもの、過去に自分が作ったものも含めて、それらを素直に出そうと考えています。飾りっ気も要らないし、特殊なこともしない。これが自分の始まりだったんだなと自分自身が強く思え、この先を改めて信じられるような、そんなテンションになってくれれば幸せです。
― 自分が影響を受けたものが素直に入っているコレクション。
山岸 : これ(の元ネタ)はあれです、これはいついつのあれです、って全部答えられて、答えることが恥ずかしくないような。それが良いことなのか、悪いことなのか分からなくてもそれでいい。そこにプライドは要らないという感じです。
― ある種の“脱けた”状態ですね。海外に勝負をかけて行っているわけですが、そこに対する意気込みがありますか。
山岸 : 気負いみたいなのは無く。誰も僕たちのこと知らないし、自由でいいやと(笑)。今から知らないところに行って、知ってもらうわけだから、ブランドを始めた頃のテンションに近い気がします。メラメラとはしていますが、赤い炎というより、蒼く燃えている感じですかね。
― 認知される存在が今後どんどんグローバルになっていく中で、BED j.w. FORDが築いた東京らしさみたいなものも提示して行くのですか?
山岸 : まだ色々手探りですが、「これが東京なんです」という言い方は絶対にしないと思っていて。僕はそういうことが言いたくてパリに行くわけじゃない。もっと言うと、“日本のブランドの”という枕詞が付くようにはなって欲しくないと思っています、それがいらない存在になって欲しい。BED j.w. FORDという一つのブランドであって、from Tokyoは関係ない。大前提として、これまでと作るものも変えたくない、そうじゃないと遠出する意味がないと思っています。
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10 questions to SHINPEI YAMAGISHI
- 東京で一番好きな場所は?
経堂(世田谷区)。
少し前に住んでいたのですが、過ごしやすくて飯も美味しい。
2. 東京以外で住んでみたいと思う都市は?
パリか東京以外の都会。
パリは興味本位で、この仕事をしていてどういう影響があるのかなという意味で。あとは都会ならどこでも。
3. クルマは何に乗っている?
教習所2回行って途中でやめて、免許持ってないんです。今一番欲しいものです(笑)。
もし免許を持ったら、(TOYOTA)ハイエースか昔のJAGURに乗りたい。
4. 一番聴いている音楽は?
ここ1年くらいずっとはThe Irrepressibles(ジ・イレプレッシブルズ)というバンドの音楽。
長年という意味ではThe Cinematic Orchestra(ザ・シネマティック・オーケストラ)、THA BLUE HERB(ザ ブルーハーブ)です。
5.捨てられないものは?
多分ないですね。
6. 服をデザインするとき一番大切にしていることは?
最後までどれだけ素直でいられるか。
言い方を変えると、アイデアをデザインで誤魔化さないようにということです。
7. 尊敬するデザイナーは?
小林節正、宮下貴裕、ANN DEMEULEMEESTER(アン ドゥムルメステール)。
8. ライバルは?
自分たちよりも自由に表現をやっている人たち全員ライバルです。
9.自分が絶対やらないことは?
警察のお世話になるようなことはやらないと思うけど、それ以外は何でもやりますよ。
自分が変わって行くことだけは変わらない。
10. ファッションとは?
今でも心の底から憧れています。
Profile
山岸慎平 | Sinpei Yamagishi
1984年生まれ、石川県出身。2010年にBED j.w. FORDを立ち上げ、2011SSより展示会形式にてコレクションを発表。2017SSよりAmazon Fashion Week TOKYOにてランウェイ型式でコレクションを発表し、TOKYO FASHION AWARDを受賞。2019SSにPitti Uomo にゲストデザイナーとして参加し、2019AWにはMilan Fashion Week に参加。2020AWはMaison MIHARA YASUHIROのパリ・ファッションウィークのランウェイ会場でゲリラ的に発表し、2024SSよりパリのオンスケジュールでコレクションを発表している。
https://bedjudewillford.com
https://www.instagram.com/bed_j.w._ford/
https://www.instagram.com/s_pey/
[編集後記]
個人的には多分8年ほど前にBED j.w. FORDの存在を知った。記号感のある東京ブランドを多数見てきた中で、カジュアルとフォーマルの中間、そしてどこかとっつきにくい、着る人を選ぶムード。「こういうメンズブランドが東京でも出てきたのだ」と感じた記憶があるが、その後の広がりも見てきた。山岸さんとは展示会やショップオープンの際に少しお話をする程度だったが、今回パリへの準備に追われているであろう年末も差し掛かる夕暮れ時、東京・千駄ヶ谷のアトリエにお邪魔してじっくりと話を聞いた。チカラが抜け、虚心坦懐とも言える言葉の端々には、これまでの経緯に対する自信が垣間見えた。(武井)